絶対に眠くならない日本史

〜短編諸説〜

信長さん、あなたの常人離れしたセンスに脱帽です。

      2016/05/30

我が子に「悪魔ちゃん」と名付けようとして市に認めてもらえなかった事件(悪魔ちゃん命名騒動)から幾年、現代は戦乱のキラキラネームブームにございます。ここでは歴史上のキラキラってる名前をご紹介。

今回の主役はこのお方。

出典:http://topicks.jp/32280

みなさんご存じ、織田信長さん。「なんだよ、別に変な名前じゃないじゃんか」まあまあまあまあ。「名前よりもこいつの子孫のほうが心配だよ」すぐ泣いちゃう元フィギアのね。お気持ち察します。

ここで紹介したいのは信長の子供達なんです。当時、武士の子供は皆「幼名」と言って、子供の時にだけ呼ばれる名前を持っていました。信長はこの「幼名」をつけるセンスがハイクオリティだった武将なのです。

出典:https://twitter.com/odanobunagaaaa

というわけで、ポンポン行きましょう。まずは長男・織田信忠の「幼名」から。信忠の「幼名」は「奇妙丸」です。奇妙、ね。奇妙奇妙。我が子に「奇妙」とつけて呼んでいたわけですね。んで、次男・織田信雄の「幼名」は「茶筅丸(ちゃせんまる)」です。「茶筅」っていうのは茶道でお茶を混ぜる時に使う道具のことで、それに「丸」をくっつけて「茶筅丸」。うん…絶句モンですよね。「近くにあったから…」という、スラムダンクで流川が湘北に入った理由と同じパターンですね。まあどっちも天才だから仕方ないのでしょう。そしてこの流れで「丸、好きだなぁ」なんて思っていると次で裏切られます。三男・織田信孝の「幼名」は「三七」ときます。理由は「三月七日」に産まれたから。もうシンプルイズベスト。ここで信長はかっけーストレートプレイを決めてきます。さすがは希代の大武将といったところでしょうか。

出典:http://dairexia.com/simple/

その後、秀吉の養子で四男・羽柴秀勝の「幼名」は「於次」、五男・勝長は「坊丸」と、多少の落ち着きを見せたかと思ったら、六男・信秀、七男・信高は「大洞」「小洞」とワンセットにまとめ上げ、八男・信吉は「酌」の一文字に。ちょっとここで目玉となる九男を飛ばして、十男・信好は「良好」、十一男・長次は「緑」と、「状態→カラー」の流れにまとめた信長さん。ここまでの流れで、「人多いよ」とか「覚えらんないよ」なんて声もあるかと思うので、もう最悪、ここだけでも覚えておきましょう。今回の目玉、九男・信貞です。信貞の「幼名」がちょっと素晴らし過ぎます。その名もこちら。

「人」

「人」です。信貞の「幼名」は「人」です。そんなバカな。名前だよ?人って。どうしたんだよ信長。名前つけるの飽きたんか。人って。あんまりだよ。通称・籐四郎だって。呼びづらくなっちゃってんじゃん。じゃあ人にしなきゃよかったのに。常人離れしたそのセンスに脱帽です。素晴らしい。さすが信長さん。今後、一周回って「人」と名付けちゃうある意味モンスターなペアレントが現れないことを祈ります。

出典:https://km.wiktionary.org/wiki/%E4%BA%BA

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