絶対に眠くならない日本史

〜短編諸説〜

1543年 ポルトガル人が九州の種子島に鉄砲を伝える

      2016/05/22

鉄砲をはじめて日本に伝えた男、知名度ゼロにつき。
-フランシスコ・ゼイモト(35)-


出典:http://db.nichibun.ac.jp/ja/d/GAI/info/GE017/

鉄砲?

鉄砲が伝わった当初の目的は猟銃としてであった。その後すぐに戦場で用いられるようになった。鉄砲はマッチロック式であり、火縄銃と呼ばれた。やがて早合(はやごう)*と呼ばれる弾と火薬を一体化させる工夫がなされ、すぐに装填できるように改良された。

要は、ポルトガル人が日本に来て鉄砲を伝えたということ。

INTERVIEW


出典:https://goo.gl/VMSdSG

―初めて日本に着いたときの印象を教えてください

フランシスコ・ゼイモト(以下ゼイモト)
「人は親切だし、すごく刺激的な毎日だったよ。鉄砲もすぐ買ってくれたしね(笑)。ほんと、変なとこに着かないでよかったなと思ったよ。鉄砲は島の領主の種子島時尭(たねがしまときたか)*が2丁買ってくれたんだ。どれくらいの金額かって?2000両(約1億円)だよ」

出典:http://www.city.nishinoomote.lg.jp/histry/denrai.html

―鉄砲はもっと売らなかったんですか?

ゼイモト
「むこうの予算もあるからまずは初回お試しパック(2丁)で買ってもらったよ。それが種子島にはちょうど良かったみたい。確か一つは普通に使って、もう一つは鉄砲の構造を勉強したいって言ってたっけ」

―2回目の来日時には更に売るつもりで来たんですね

ゼイモト
「その通りだね。だけどさ、まったく売れなかったんだ。もうショックなんてもんじゃないよ、帰りの船賃もあてにしてたのにさ」

出典:http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/105/

―なぜ売れなかったんですか?

ゼイモト
「日本人が自分たちで鉄砲を作れるようになってたからさ。しかも僕らが売った鉄砲よりも高性能のものをね。アンビリーバボー!おったまげ。こんなことが起こったのは日本だけだよ」

―日本だけですか?

ゼイモト
「世界に日本みたいな技術力が高い国があるって思わなかったんだ。先入観って怖いよね。日本には日本刀をつくれるレベルの高い刀鍛冶がいるんだよ。だからあと何年かすれば、日本は世界一の鉄砲を持っている国になると思うな」

出典:https://goo.gl/3LSH4X

―そうなるときっかけはフランシスコ・ゼイモトさんですね

ゼイモト
「そうだね。そうなったらポルトガル中に自慢しようかな(笑)だってさ織田信長*って男が鉄砲を戦に使って、ブレイク中なんだろ?俺のおかげだって言いたくもなるよ」

―日本人にとってあなたは歴史を変えた人です

ゼイモト
「にもかかわらず、僕の名前が日本人に知られてないのはなんでなんだい?年表を見てびっくりしたよ『1543年 ポルトガル人により鉄砲伝来』て・・・ざっくり過ぎるでしょ!(笑)ザビエル*のほうが売れてるのも納得いかないよ。ここがヘンだよ日本人!」

―思い当たることはありますか?

ゼイモト
「うーん。ただ鉄砲を売りつけただけって思われたからなのかな。僕は他2人のポルトガル人と一緒に3人で活動してたんだ。トリオ名をつけないままね。だからまとめてポルトガル人っていう大雑把なくくりになったんだろうね。もっと俺だ!っていうアピールをすれば歴史に名を残せたのかな~」



早合(はやごう)*
火薬をつめた紙製の小さい筒。小銃の弾丸を発射させるために必要となる。

種子島時尭(たねがしまときたか)*
戦国時代の武将。種子島氏第14代島主。当時は16歳。

織田信長*
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名。徳川家康・豊臣秀吉に並ぶ三英傑の一人。

ザビエル*
ナバラ王国生まれのカトリック教会の司祭、宣教師。イエズス会の創設メンバーの1人。1549年に日本に初めてキリスト教を伝えたことで特に有名。

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