絶対に眠くならない日本史

〜短編諸説〜

646年 大化の改新

      2016/05/22

今だから話せる大化の改新
-天智天皇(22)-


出典:https://goo.gl/nTgJxa

大化の改新って?

天智天皇(当時は中大兄皇子)、藤原鎌足(当時は中臣鎌足)*らが、中心となって推し進めた飛鳥時代の政治改革。中大兄皇子、中臣鎌子らが宮中で蘇我入鹿*を暗殺して、蘇我氏を滅ぼしたのがきっかけとなった。

要はクーデターがあって、政治の改革が始まったということ。

INTERVIEW


出典:http://www.asuka-tobira.com/taika/taikanokaishin.htm

―暗殺直前は緊張しましたか?

天智天皇(以下天智)
「食事が喉を通らず、吐くほど緊張しました。といっても実際に刀で斬りつけたのは、中大兄皇子と佐伯子麻呂*です。石川麻呂*が表文を読み進めてる時、これから起こる事を想像して全身汗まみれで声が乱れるわ、手が震えるわで正直バレたと思いました」

―場所はどうやって決めたんですか

天智
「皇極天皇の御前というのはずっと前から決めてました。三国(新羅、百済、高句麗)の調の儀式が朝廷でやると決まった時、大臣の入鹿も必ず出席するはずだと思いました。その時に決行しようという話になりまして」

―狙い通りでしたね

天智
「入鹿が倒れて皇極天皇に『私に何の罪があるのか?お裁き下さい』て言ったんですよ。その時に僕が『入鹿は皇族を滅ぼして、皇位を奪おうとしました』と訴えたんです。そしたら会場が『え、そうなん?』て空気になって『あんたら知らんのかい!(笑)』って思いました」

出典:http://www.bell.jp/pancho/kasihara_diary/2004_12_08.htm

―645年大化の改新として歴史に残ります

天智
「これ『645年大化の改新』ではないんですよ。正しくは『645年乙巳の変(いっしのへん、またはおっしのへん)』なんです。その後が『646年大化の改新』です。細かくてすみません」

―はい(笑)

天智
「ほとんどの飛鳥人が『645年 大化の改新て覚えてますよ』て鎌足さんから聞いたんです。『蒸し米で祝おう』とか『蒸し殺し』とか語呂合わせもすごく流行ってるのを聞いて、これヤバいじゃんて(笑)だから先週、慌ててお触れも出したんですよ」

―改新の内容は驚きました

天智
「天皇が中心の中央集権国家を作るコンセプトがありますから。『公地・公民の制』*なんかはそのままですけど、国が管理するってのをはっきりさせたかったんです」

―『班田収授の法』*は誰が考えたんですか

天智
「僕です。農民に土地を貸し出すけど、ただそれだけじゃなあと。じゃあ農民が年貢を納めることにしたら、ギブ&テイクなら成立するしやってみようと思いました。『租庸調制』*もその流れで決めました。初めは『税』と言ってもみんなピンと来てなかったんですけどね(笑)」

―『国郡制度』*も斬新でした

天智
「今までなんでなかったんだろうの一つですよね。国の分け方もぼんやりしてわかりづらいって、よく唐の人に言われてたみたいで。外国の人の意見がきっかけになりました」

出典:http://goo.gl/ZMRaAF

―最後にメッセージをお願いします

天智
「歴史上初めて大化という年号を定めた天智天皇です。無事故(645)で世づくりを進めたいと思ってますのでご協力をお願いします。税がキツいと思ったら分割もできますから、近くの役所で相談してみてください」



藤原鎌足(当時は中臣鎌足)*
飛鳥時代の政治家。日本の歴史における最大氏族「藤原氏」の始祖。大化の改新の中心人物であり、改新後も天智天皇の腹心として活躍し、藤原氏繁栄の礎を築いた。『藤氏家伝』には「偉雅、風姿特秀」と記されている。字は仲郎。

蘇我入鹿*
飛鳥時代の豪族。大臣として大和朝廷の有力者であったが、乙巳の変において討たれ、その後蘇我氏が凋落するきっかけとなった。

佐伯子麻呂*
飛鳥時代の官人である。名は古麻呂とも書く。

石川麻呂*
蘇我馬子の子である蘇我倉麻呂の子であり、蘇我蝦夷は伯父、蘇我入鹿は従兄弟に当たる。

公地・公民の制*
すべての土地は天皇に帰属するとして私有地の所持が禁止となった。これによって天皇中心であることを世の中に知らしめた。

班田収授の法*
公地公民の制で集めた土地を、農民に均等に貸出を行った。農民は、ただで土地を貸して貰える一方で、土地の広さに乗じて、年貢を治めなければいけないという法律。与えられた土地を口分田といい、6歳以上の男子には二反、
女子にはその3分の2が貸し与えられていた。 農民が年貢を治めるという概念は、今後江戸時代まで続く基となった。

租庸調制*
租【米】とは別に、庸【労働】、調【地方の特産品】を税として治めるという制度。

国郡制度*
地方を国、群、里にわけてそれぞれに管理をする役人を任命して派遣。中央集権型国家の誕生となった。

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