絶対に眠くならない日本史

〜短編諸説〜

1727年 青木昆陽がさつまいもの栽培をはじめる

      2016/06/02

歴史上で一人だけ。
野菜を作って名を残したのは私だけ。
-青木昆陽(38)-


出典:http://blogs.yahoo.co.jp/sitiyu33/10959251.html

青木昆陽(あおきこんよう)?

江戸時代中期の儒学者、蘭学者。商人の子として生れる。京都の儒学者伊藤東涯(いとうとうがい)*に学び江戸に帰府して開塾。飢饉や災害に備えて備蓄、利用される代用食物として、さつまいもの栽培をすすめ普及に貢献した。

INTERVIEW


出典:http://www.osakafu-chuouichiba.com/ys/1-2/

―なぜさつまいもを育てようと思ったんですか?

青木昆陽(以下青木)
「八代将軍・徳川吉宗*さんに言われて作り始めました。初めは試しに作ってみて、うまくいったら全国に広めてよって感じで。やはり大飢饉になったときの対策をなにか・・・というのがきっかけです」

―数ある作物の中からなぜさつまいもだったんですか?

青木
「増やすのがかんたん。狭い畑でもたくさん取れるんですよ。そういう強さが魅力でこれしかないと思いました」

―結果として普及したので成功といっていいですよね?

青木
「まだまだそう言えないです。こないだの大飢饉があったときには、関東地方ではさつまいもの栽培が普及していたから多くの人の救いになりました。ただ、まだ全国に広がってはいないのが現実です。時間がかかるかもしれないですがじっくりです」

出典:http://goo.gl/MYJEEG

―幕府からも認められた存在になりましたね?

青木
「ありがたいことに薩摩芋御用掛に任命されました。野菜の名前がついた役職になるなんて(笑)。初めは冗談かと思いました。何回か聞き直しましたもん」

出典:http://itot.jp/12102/15

―各地でも大絶賛ですね

青木
「最近、甘藷(かんしょ)*先生って町で声をかけられるようになりました。昆陽神社*を建てて芋神様としてまつろうと思うって言われて、
それは恥ずかしいからやめてとは言いました(笑)。こちらこそすごく感謝してるんです」

―良かったと思えることはなんですか?

青木
「幕府のバックアップが本気でしたからね。あと私が書いた本『蕃薯考(ばんしょこう)』*があったから、栽培のことがちゃんと浸透していったんだと思います」

―歴史年表に青木さんの名が残りますね

青木
「野菜を栽培したから歴史に残るなんて(笑)。関ヶ原の戦いとか享保の改革とか、そんな歴史と一緒になるなんて。さつまいもに感謝しないとです」

出典:http://netallica.yahoo.co.jp/

―今後はどういったことをやりたいですか?

青木
「オランダ語を覚えたり、もっと役立つことをしたいです。サツマイモですか?もう若い衆にまかせますよ」



伊藤東涯*
江戸時代中期の儒学者。中国語・中国の制度史・儒教の歴史などの基礎的な分野の研究にも力を入れていた。

八代将軍・徳川吉宗*
幕府権力の再興に務め、享保の改革を実行した。徳川家重に将軍の座を譲った後も大御所として権力を維持し、財政に直結する米相場を中心に改革を続行していたことから米将軍(八十八将軍)と呼ばれた。

甘藷(かんしょ)*
サツマイモの別名

昆陽神社*
幕張の地に作ったさつまいもの試作地によって、大飢饉にあってもこの地が救われたことを顕彰する目的で建てられた神社。

蕃薯考(ばんしょこう)*
さつまいもの性質・栽培法などを記した書物。

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