絶対に眠くならない日本史

〜短編諸説〜

1672年 河村瑞賢が西回り航路をひらく

      2016/05/29

捨てられた野菜を売って大儲け。
ありがとう、きゅうり・なす。
-河村瑞賢(55)-


出典:http://forbesjapan.com/articles/detail/10543


河村瑞賢?

江戸時代前期の商人。海運、土木事業家。あるとき品川沿岸に打ち上げられたお盆の精霊送りのきゅうり・なすを見つけて、これを塩漬けにして売り利益をあげた。また1657 年の江戸で起こった大火事の際、木曾の材木を買い占めて巨万の富を得た。

INTERVIEW


出典:http://www.geocities.jp/shimizuke1955/371bezai2.html

――去年、東廻り航路を開き、新たに西廻り航路も開いたんですね

河村瑞賢(以下河村)
「ほっとしてます。東北から江戸まで米を運ぶには日数がかかり過ぎてました。川をのぼって乗り換えてとけっこう大変だったんです。だから川ではなく海からにしました。早く運べてお金も節約できたので、ほんとに良かったです!」

― なぜ今まで海から運ばなかったんですか?

河村
「理由はいくつかあります。ひとつは幕府の鎖国政策で大きな船を造れない事情があって、質が悪い沿岸用の船がほとんどだった。また冬に海難事故が多い難所があって海を避けてたり・・・。いろいろ仕方ないと思われていたことが多かったんです」

―それを新たに変えようと思ったんですね

河村
「はい。まずは船で行くルートや気象とか、今まで何がダメでこれが良かったとかめちゃくちゃ調べました。質の高い船、実績あるベテラン船員もちゃんとリサーチしました。ここまでやって結果出なかったらきついなと思いながら(笑)」

出典:http://www.irasutoya.com/2016/01/blog-post_47.html

―なにが一番大変でしたか?

河村
「ぜんぶです(笑)船頭まかせのいいかげんな航海じゃなく、船と陸で連携をとる体制にするのが骨折れました。港にいつくかのろし台を作って、船・船員の状況チェック、事故ったらすぐに対応できるようにしたり。ただ運ぶ、といってもかんたんではなかったんです」

―河村さんのその発想は漬物を売り始めたときからですか?

河村
「そうかもしれません。盆過ぎにはお供え物としてきゅうりやなすを海に流すって全く知りませんでした。でですよ『これ食べられないの!?もったいないじゃん!』って思ったんですよ!捨てられてるけど、これ売ってお金稼ぎたいわぁってとこから始まりました(笑)」

出典:http://www.bionet.jp/2010/08/obon/

―売れに売れたわけですね?

河村
「おかげさまでけっこう儲かりました。捨てられた野菜を漬物にしたら食べられる。『残りもの、残り物には福がある、福の神のご利益あります。その名も福神漬です』って言って売りました。何度も言いますが、もともと捨てられてたものですからね」

―土木事業も成功されてます

河村
「江戸ですごい火事があった時に、そっこうで木材の名産地の木曽に行ったんがでかかったです。火事の後で、家建てるために木が必要になるのは目に見えてるじゃないですか。私は火事のせいでお金が手元にほとんどなかった。だけど木曽最大の山林王と言われる人から私が木材をぜんぶ買って、あとから買いに来た人に売ったら、めっちゃ儲かるじゃんって(笑)」

出典:http://goo.gl/CwCtZc

―お金がないのに買えたんですね?

河村
「ちょっとうまいこと言って後払いにしました。『全部売ってほしい。後でお金払うから』と言ったところで、ほんとに払うかわからないやつに売ってくれないと思いました。だから木を持ってた山林王の子供に、小判で作ったおもちゃをあげて持って帰らせたんです。成金やな~って思うでしょ?(笑)」

―はい(笑)そう思わせることができたんですね

河村
「そうです。それを見た山林王は私をVIP待遇でむかえてくれて、トントン拍子に話が進みました。火事でお金ないやつだなんて、思うわけないですよね。ばれませんようにって内心ドッキドキでしたけど(笑)」

出典:http://www.onlinecasinoextra.com/jp/vip.html

―これからはどんなことをされるんですか?

河村
「川の治水をしっかりやっていきます。土砂が流れてきて港が使えないってとこもいっぱいあるんで。工事をしてひとつずつ整備していきたいと思ってます」

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